相手はあなたの話を聞きたいと思っていない!? “気働き”コミュニケーション術23

講義中の“私語”がピタっと収まる方法

 コミュニケーションでは常に聞き手に決定権があることは、少し前にお話ししたとおりです。いかに頑張ってうまく話せたとしても、すべては聞き手の受け取り方次第――。そのつもりで、相手にとって分かりやすい、受け取りやすい話し方をすることが、何よりも大切です。
 このことを最初に教わったのは、「話し方教育センター」(東京・港区)の創設者である千名裕(せんな・ゆたか)という私の師匠からでした。
 修業時代の私は、幸運にも千名先生の助手のような役割(要はカバン持ちです)を仰せつかり、ときどき先生の講演先、研修先などに同行する機会に恵まれました。そして、「ご一緒する2回目か3回目」という日に、ある“事件”が起きたのです。

 その日は都内の某鉄道会社で、運転士さんを目指す若者たちを対象とする研修でした。先生はどんな場合でも正攻法で話される方で、私のような“ときに冗談を交えて”という講義はされません。論理的で、しかも(当然のことながら)天下一品の話し方をされます。
 ところが、この日の受講者である10代の少年たちにとっては、あまり愉快な話ではありません。しかも悪いことに先生は風邪をひいて熱があり、いつもより低く、小さい声しか出せなかったのです。やがて会場の何カ所かで、ぺちゃくちゃと私語が始まりました。

 しばらくして、私が受け持つパートの時間になりました。自己紹介を簡単に済ませると、いきなり大声を張り上げたのです。
「あなた方、よく聞いてください。千名裕という人が話をしているんです。しかも今日は風邪をひいて熱があるんです。それでも皆さんのために話しに来ている――。それを聞かないでおしゃべりするなんて、もったいないでしょ!」
 会場は突然の“カミナリ”に驚いたように静まりかえりました。

帰り道、先生は大声での叱責について、こう話されたのです。
「浅川さん、今日の話し方はいけないね~。あのようなときには『そちらで何かお話しされているけど、何か質問はありますか』って聞きなさい」
 実はこれ、私が本格的に講師の道を志すきっかけになったひと言です。

コミュニケーションはキャッチボール

 このときに先生は、「自分は面白く話している。聞かなきゃ損だ!」というような、いわば“上から目線の大学教授”のような講義をしてはいけない、と教えてくださったのです。
「俺の話は聞かなきゃ損だ」ではなく、「私たちの話は聞かれない」というスタンスに立つことが重要。話の内容や話し方の良し悪しは、すべて聞き手が決めること(=聞き手の決定権)なのですから、「自分は話ができる」「自分は話がうまい」など“思い上がり”でしかありません。「聞かれない」前提で考えるからこそ、「聞いていただけるような工夫をしよう」という発想が生まれるのです。

コミュニケーションはよくキャッチボールにたとえられます。投げられたボール(言葉)を受け止め、今度はあなたから相手に返しながら一緒に目標へと進んでいきます――。良いキャッチボールをするために必要なことは、ただひとつ。

「相手の受け(捕り)やすいボールを投げる」ことです。

「自分が何を話したいか」という発想を一歩進めて、「相手は何を聞きたいか」と考えてみてはいかがでしょう。すべては「聞き手」が決定するのですから、話し手がいくら“力んだ”ところで始まりません。
キャッチボールのように、相手が知りたいことを、相手の分かる言葉で丁寧に話す――。これこそが、私が師匠・千名裕から学んだことなのです。